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東京高等裁判所 昭和25年(わ)119号 判決 1951年5月26日

上告人 被告人 伊東作治

弁護人 樫田忠美 今成泰郎

検察官 入戸野行雄関与

主文

本件上告はこれを棄却する。

理由

本件上告の趣意は末尾に添附した弁護人樫田忠美、同今成泰太郎共同作成名義にかゝる上告趣意書と題する書面のとおりでこれに対し当裁判所は次のとおり判断する。

第一点本件記録を精査するに、原判決がその認定の第一、第二事実につき、(一)司法警察官作成の被告人に対する逮捕訊問調書中の被告人の供述記載(二)被告人に対する司法警察官の聴取書中の被告人の供述記載を第二事実につき、被告人に対する裁判官の訊問調書中の被告人の供述記載を各証拠として引用していることは所論のとおりである。よつてまずこれらの調書の前提となつた所論逮捕手続書が所論のような内容虚偽のもので、その逮捕が不法逮捕であるかどうかを検討するに、同手続書中には「昭和二十三年十二月十六日午前二時三十分頃印幡郡遠山村大清水卅番地吉井自転車店前三又路において犯罪一斎検挙について張込警戒中、自転車に乗つて鮮牛一頭をひき来れる年令三十一、二年位の男を現認したるをもつて呼び止めたるに同人は牛の口縄を離して自転車にて急行逃走したるを以つて犯罪者と思料し取調べたるに自転車の荷掛に短外被の中に草履二足、木綿黒足袋一足を所持しておりいずれも使用しおりたる見地より現行犯人と認めたるにつきこれを逮捕した」旨が記載せられ、当時右手続書記載のような状況のあつたことを確認することができる。然らば夜中の二時半頃牛を引張つていて警察官に呼びとめられ、引いていた牛の手綱をはなして逃げ出したとすればこれは正しく旧刑訴法第百三十条第二項の誰何せられて逃走する場合に該当するから警察官としてこれを逮捕するのは職務上むしろ当然であつて、何等違法とは認められない。また、逮捕手続書の全記載を通読すれば牛を窃取した犯人と思料して逮捕したという。尤も右手続書には右記載の後に犯罪事実の概要として被告人が牛を窃取し、所持していた牛はその賍物である旨申し立た趣旨の記載のあることは所論のとおりであり、所論引用の証人酒井貞治、同鈴木武治郎、同小宮宏の原審公判調書中の供述記載によれば、被告人は逮捕直後同巡査等に犯罪事実を自白したものではなく、司法警察官に引致された後同日午前五時頃に至つて犯罪事実を自供したものであることを認めうる。しかしこれは逮捕手続書には書かなくてもよいことであるが、手続書を自白後に作成したのでこれを手続書に書き加えたものと思われる。現行犯逮捕手続書記載の内容が虚偽の記載であることは認められない。右手続書には右自白は逮捕の際これをしたものとは記載してないのである。また右証人小宮宏の原審公判調書中の呼びとめたら被告人は自転車のペタルを強く踏んで逃げ出したので被告人の自転車の荷掛を後方から捕えてとめようとしたが、とまらないので少し自転車を斜になる程度にし、右側が五尺位の高さの土手になつていたのでそこに横になる程度に倒したので乗つていた被告人は反対側におりた旨の供述記載によれば当時逮捕に必要な程度の実力を行使したことは認められるが、それ以上は被告人に暴力を加えたことは認めるに足る証拠は存しない。従つて右逮捕を不法逮捕とは到底認めることはできない。本件は正当な現行犯逮捕と認めるに十分である。以上のとおりであるから右聴取書、訊問調書の供述記載は不法逮捕に基づく強制拷問若しくは脅迫による自白であるとの論旨は当らない。更に仮りに右逮捕が不法逮捕であるとしても、この一事により当然その後の聴取書、訊問調書等自体が強制拷問若しくは脅迫によるものと認めることはできない。これらの証拠の内容たる供述自体がいわゆる拷問によるものでなければこれらを無効のものとする理由にはならないから、こゝに右調書等が強制拷問若しくは脅迫によるものであるかどうかの点につき按ずるに、この点に関する被告人の原審及び第一審公判における供述は、被告人の他の供述部分に対比して到底措信しえない。他にこれを肯認するに足る証拠は存在しないから右調書等の供述記載は強制拷問若しくは脅迫による自白とは認めることはできない。しからば右聴取書、訊問調書は憲法第三八条第二項や日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律(以下単に刑訴応急措置法と略称する)第十条第二項にいうところの証拠とすることのできないものとは認められないので、これ等を証拠に引用した原判決には所論のような違法は存しない。論旨は理由がない。

第二点刑訴応急措置法第十三条第二項の規定により昭和二十二年五月五日以後に終結した弁論に基づき言渡された第二審判決に対しては事実誤認、量刑不当を理由としては上告をすることはも早や許されなくなつたものであり、しかも右規定が日本国憲法の規定に違反しないものであることはすでにしばしば最高裁判所の判決の示すところである。(殊に、昭和二二年(れ)第四三号、昭和二十三年三月十日大法廷判決及び昭和二二年(れ)第二九〇号、昭和二十三年六月三十日大法廷判決参照)而して刑事訴訟法第四百十一条の規定は刑事訴訟法施行法の規定により刑訴応急措置法を含むところの旧刑訴法による事件には適用されないものであると解するのが相当である。所論はこのように解釈することは検察官の起訴の前後により国民の裁判上の権利が奪われてしまうので日本国憲法第三十七条により保障された国民の基本的権利を侵害することになり不公平であるから刑事訴訟法第四百十一条は起訴の日時如何に拘らず、すべての刑事事件に適用されなければならぬというが、新法における控訴審は事後審であり旧法のそれは覆審である。即ち旧法においては上級審たる控訴審が第二の第一審として更に審理するのであるから、事実の認定、刑の量定につき著しく正義に反する判決をすることは滅太にないのである。従つて新法第四百十一条のような規定は旧法においては必要がないものとして旧法ではこれを設けなかつたものと解する。尤も稀には旧法における控訴審の判決でも、事実誤認、量刑失当のものがないとは保障できないが、右第四百十一条を旧法事件に適用する旨の規定がない以上旧法事件の上告審において、これを適用することはできない。起訴状一本主義や証拠能力に関する新法の規定は憲法の規定に由来しているのであるが、旧法事件に適用がないのと同じである。所論は立法論としては兎に角解釈論としては正当とは認められない。論旨は理由がない。

第三点刑訴応急措置法第十三条第二項により上告審においては旧刑訴法第四百十二条乃至第四百十四条の規定はこれを適用しないことになつたのであるから旧刑訴法第四百三十四条第三項の第二審判決に対する上告事件においては第四百十二条乃至第四百十四条に規定する事由につき職権をもつて調査を為すことを得る旨の規定もこれ亦適用しないことになつたものと解するのが相当である。蓋し右第四百三十四条第三項は当事者間において上告理由とすることができる場合を予定しているもので、当事者が上告理由として主張し得るのに、これを主張しなかつた場合においても職権をもつて調査し得ることを規定したに止まる。当事者において主張することができなくなつたときは職権を以ても調査することができないものと解すべきである。この点は新法と趣を異にするが、これは旧法と新法とは第二点において説明したようにその控訴審の性質を異にするに由来するものである。論旨は理由がない。

よつて旧刑事訴訟法第四百四十六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

弁護人の上告趣意

第一点原判決は憲法第三十八条第二項並びに刑事訴訟法応急措置法第十条第二項に違反して作成され証拠能力を保有しない尋問調書を証拠に採用した違法がある。

原判決は被告人に対し有罪を認定するに当り第一及び第二の事実につき(一)司法警察官作成の逮捕尋問調書(二)司法警察官作成の被告人の聴取書又第二の事実につき(三)被告人に対する裁判官の尋問調書を各証拠に援用してあるも左記理由によりこれら各調書はいずれも証拠能力を保有しないものであり、断罪の資料となすことが許されないものであることを論証する。

本件捜査記録を閲読すると「昭和二十三年十二月十六日付司法警察吏巡査鈴木武次郎、同小宮宏両名作成の逮捕手続書」によれば、被告人を現行犯被疑者として逮捕したような形式的記載は認められるけれどもその記載の内容自体において、逮捕の原因不明確にして、逮捕司法警察吏の想像に基き漫然逮捕した跡が認められ、第一、二を通じて取調べをなした結果に徴すれば益々その所以を断ずることができるのみならず、被告人は逮捕の際には犯行を認めず同日午前五時乃至五時半頃に至り酒井貞治警部補に形式的の自白をしたものであることが明瞭に実証されており、従つて逮捕の際に鮮牛一頭の窃盜を自白した旨の記載は虚偽であるから本件は現行犯でないのにこれであるが如く偽装せしめられたことを指摘することができる。

先づ右逮捕調書を見ると「犯罪一斎検挙について張込み中、自転車に乗り鮮牛一頭をひき来る人あるを見て呼び止めたるに、同人は牛の口綱を離なして自転車にて急行逃げ出したるを以て犯罪者と思料したる」が如き記載があり、その後に「被告人の乗りたる自転車の後方荷掛けにゴム草履二足と木綿黒足袋一足をいづれも使用おりたる見地より現行犯と認め逮捕した」と記載しあり、更に最後に「本日午前零時三十分頃印旛郡八生村大竹の農家に入り牛小屋の『マセン棒』をはずし鮮牛一頭を窃取逃走中で現に所持する鮮牛はその賍品たる旨申立てた」旨の記載があるが、これは遠山村警部補派出所に被告人が連れ行かれ酒井警部補の取調を受け最初否認しており午前五時過ぎ頃に至り形式的自白が生じたことは原審第六回公判の証人酒井貞治、同鈴木武次郎、同小宮宏の左記供述を参酌することにより明らかである。

第二審第六回公判調書中、証人警部補酒井貞治の「被告人は始めは自分の兄が茨城で精米屋をしておるので……(中略)……牛のコロ(註牛の子の意)を貰つて来たとか買つて来たとか云つており鈴木巡査が帰つてから自白したのである」旨の供述記載、証人巡査鈴木武治郎の「私達は家の内に張り込んでゐて足音が張り込みの前を通り過ぎないうちに牛の前に躍んで行つたのである。小宮巡査が捕えようとした瞬間被告人が手綱を離なしたので牛はうろうろしてゐた。現場から派出所までの距離は約半道位であり、被告人を逮捕したのが午前二時半頃であり、自分が調査に出掛けたのが午前二時半か三時頃で帰つて(派出所)来たのが午前五時半頃であつた。始めは否認してゐたが後で自分が帰つて来たときは謝つておりました」旨の供述記載、証人巡査小宮宏の「夜あけの午前五時頃か五時半頃額に両手を合せて謝つてゐたと記憶しておる、それは鈴木巡査の帰つた頃かと思う」旨の供述記載

以上を綜合すれば、被告人は証人朝鮮人金山元より牛の飼育方並びに売却の周施方を頼まれこれを預り自宅に連れて行く途中昭和二十三年十二月十六日午前二時三十分頃、千葉県印旛郡遠山村大清水吉井自転車店前三叉路を犯罪一斎検挙の態勢に着き張り込み警戒中の鈴木、小宮の両巡査に呼び止められたと同時に暴力を以つて自転車より引きずり倒され逮捕せられ約半道程先の警部補派出所に連れ行かれ、最初否認し有利な資料を提出するも故らにこれを取り上げず弁解は調書に記載せず、午前五時過ぎ頃に至り形式的自白を余儀なくせしめられたこと明白なるに拘らず逮捕の当初より自白したが如く内容虚偽な逮捕手続書を作成せられたことが認められる。

右逮捕手続書の最初の記載は旧刑事訴訟法第百三十条第二項に「誰何せられて逃走し犯人と思料すべき場合」の条項に当嵌めた記載あるも、突然張り込んでゐた司法警察吏が被告人を自転車より引きおろし牛を驚愕させたのであつて、誰何せられて逃走をしたものでないから準現行犯の場合に当てはまらない。その後で被告人が当時草履二足、木綿黒足袋一足を所持しおりこれを使用した形跡があるので現行犯と認めたとも記載してあるが「賍物その他の物を所持して犯人と思料すべき場合」とはこれらの如き日常使用し得べきものを所持しただけでは犯人と思料すべき原因とはならない。この逮捕手続書の記載によれば牛を窃取した犯人と思つて逮捕したのか、自転車を窃取した犯人と思つて逮捕したのか全然不明であつて、何か犯罪をしておるかも知れないと云うが如き想像から何等法的根拠なくして不法逮捕し被告人に手錠を施し派出所に連行し夜を徹して一睡をも取らしめず断圧的の取調をなし弁解した事項は殊更に省略したことが明らかである。かくの如き不法逮捕をなすことにより被疑者は一時に谷底につき落されたが如き恐怖心を生せしめられ、その虚に乗じて自白を誘導したものと認めざるを得ないから、かかる環境の下になされた自白は憲法第三十八條第二項、刑事訴訟法応急措置法第十條第二項に所謂「強制若しくは脅迫による自白」であるのでこれを証拠とすることができない。然るに原裁判所は、これらの自白を記載されてある敍上援用の証拠を証拠能力あるものと認め断罪の資料に供しておる以上右は明らかに憲法第三十八条第二項及び刑事訴訟法応急措置法第十条第二項に違反する違法があるから原判決は破棄を免れない。

第二点原判決は刑の量定が甚だしく不当であり且重大な事実の誤認があつて原判決を破棄しなければ、著しく正義に反すると認められる場合にあたるを以て、原判決は破棄せられなければならない。

昭和二十三年十二月三十一日以前の起訴にかかる刑事々件に付ては、旧刑事訴訟法並びに日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律(以下刑訴応急措置法と略称する)によるべき旨、刑事訴訟法施行法により規定されてゐる故、弁護人より量刑不当、事実誤認を理由とした上告をなすことは許すべきではないと解するものがあるかも知れないけれども、これは日本国憲法第三十七条に基き被告人は刑事々件に於ては公平な裁判所の裁判を受ける権利を有する旨規定され、且新刑事訴訟法第四百十一条によれば刑の量定が甚だしく不当であること及判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があることの理由があつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる途が開かれた今日に於ては全く許すべからざる解釈である。

何となれば、これを条文の正面から文理解釈をすれば、昭和二十三年十二月三十日以前に起訴された刑事々件に付ては旧刑事訴訟法第四百十二条乃至第四百十四条の規定はこれを適用されないため、上告審に於ては事実の審理は絶対に許されないこととなり、昭和二十四年一月以降に起訴された刑事々件ならば、新刑事訴訟法第四百十一条により原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められるときは刑の量定甚だしく不当であるとの理由又は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があるとの理由により破棄せられ、再び事実の審理が行はれるという不公平な結果を見ることになるからである。かくの如く検察官の起訴の前後により国民の裁判上の権利が奪はれてしまうと云うことは、日本国憲法第三十七条により保障された国民の基本的権利を侵害することとなるから、新刑事訴訟法第四百十一条の規定は起訴の日時如何に拘らず総ての刑事々件に公平に全面的に適用せられなければならぬものであると解釈しなければならない。従つて刑訴応急措置法第十三条第二項の規定は其後公布された刑事訴訟法施行法第二条の規定あるに拘らず、その適用の範囲を憲法の趣旨に合致する限度内に於て、解釈上適宜変更を加へ善処するの用意がなければならないのである。このことたるや日本国憲法第九十七条に「日本国民に保障する基本的人権は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつてこれらの権利は過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と規定され同法第九十八条第一項に この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全分又は一部は、その効力を有しない」旨規定されてゐることに徴して明瞭である。或は新刑事訴訟法第四百十一条に規定された事実は、上告裁判所独自の職権で調査され、判断されるべきものであるから、弁護人の上告理由として主張をなすことが許されぬと解するものがあるかも知れないが、それは全く法条の字句の末に囚はれた謬見である。

新刑事訴訟法第四百五条の各号に規定する理由がない場合であつても、正義に反すると認めた場合に、これを破棄し得る権能が上告裁判所に与へられている以上、被告人の弁護人に於て、かくかくの事実あり、これこそその場合に該当するものであると思ふと云ふことを上申して、上告裁判所が職権審査をなすことあれかしと期待し、その注意を喚起するための主張をなすことは国民として適正な裁判の行はれることに協力し且被告人のために遺憾ない弁護の責務を完遂することとなるのに、上告裁判所がこれが主張を違法なりとして抹殺し去ることは、憲法の精神を破壊する民主主義の時代精神に副はない解釈であると評さなければならない。従つて (一)判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認に付て 自白ありとする被告人の供述は、其の内容に於て殆んど、取調に当つた司法警察官酒井警部補の創作に係るものであることは随所に、其の片鱗を現はして居りますが、其の著しいのは窃盜現場への往復の地理的説明の詳しいこと(禁猟区といふ立札のことまで記されてゐる)は、右酒井警部補の証言通り、同人が同地に警察官として居住してゐた充分の知識により、書かれたものであり、被告人の知り得ぬ程度のものであります又原判決判示第二の事実に付き、被害者出山惠助方の牛小屋のマセン棒が調書には、外して立てかけて置いたと記されてゐるが、右出山惠助は翌朝見たときは、はまつてゐたと証言してゐて、調書と証言が一致せぬことは、前記の事実を示すものであります。又現場に於ける証人尋問により確認された通り、二つの犯行現場が距離非常に距つて居て、田舍道を一夜の短時間の内に、一人で、二件の窃盜は到底実行出来ないことは明らかであります。又朝鮮人住君奉、尹昌訓両君(被告人に途中で出会つたと称する者)が、第二審の証人に喚問され乍ら、四回の呼出期日に、全然出頭しなかつた事実と途中で被告人と出会つた際に、被告人が木につないで置いて行つた牛を、直ちに被害者大野みつの親戚の家へ届けた事実を考へ合せれば却つて同人等の行動に疑問を持ち得るものであります。此等の事実を考へ合せば、原判決が全面的に被告人の供述調書其他の証拠を採用して、犯罪事実を認定したのは、重大な事実誤認によるものと思います。本件は、被告人の公判廷で述べる朝鮮人金山元の犯行であつて被告人の逮捕が新聞記事に出たため、金山の逃亡を促し、為に有力な証拠の提出が出来ないのであつて、被告人が極力否認するのは、故意の否認ではないと思はれるのであります。併し被告人には重大な不注意のあつたことは、否定出来ませんから、賍物に関する罪の判定を受けることは或は已むを得ないとも考へられますが、窃盜と判定することは大なる事実誤認の結果と思ひますから茲に上申致す次第であります。(二)量刑の不当 被告人を仮りに有罪と判定するにしても、一人で出来る犯行ではなく、真犯人と被告人が主張する朝鮮人金山元は逃亡してしまつたことであり盜品である牛二匹とも、直ちに被害者の手に戻つて、何等の実害なく、而も被告人は土地家屋を所有し妻子のある相当の大工であり、酒も煙草も嗜まぬ愚直、勤勉の男であり前科もない者でありますので、執行猶予の裁判があつて然るべきであると考へられた。ことは余りに酷であり、或は故意の否認と解せられたかも知れませんが、実際窃盜と判定されるには大いに異議のあつたため、正しい裁判を受けるための上申の結果であつて何等他意ないのであります。

以上何れの点から見るも原判決は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、且仮りに本件が有罪と認められるとしても、刑の量定が甚だしく不当であり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる場合にあたると信じますから、愼重御調査を遂げられ、原判決を破棄せられたく上申に及ぶ次第であります。

第三点仮りに第二点が容れられたいとするも刑事訴訟法応急措置法第十三条第二項には(旧)刑事訴訟法第四百十二条乃至第四百十四条の規定はこれを適用しないとあるので、これらの法条に該当する事項を被告人弁護人から上告の理由とすることは許されないであろうけれども、旧刑事訴訟法第四百三十四条第三項には「第二審判決に対する上告事件においては第四百十二条乃至第四百十四条に規定する理由につき職権を以て調査をなすことを得」と規定されており、この規定は刑事訴訟法応急措置法第十三条の第二項あることにより廃されたものと解することはできない。

上告裁判所は旧法処理の刑事事件については上告趣意書に包含されておらない事項についても旧刑事訴訟法第四百十二条乃至第四百十四条に規定する事由については職権を以て調査をなす権限を依然持つておるものであると思う。旧法の下においてこの種の調査が上告裁判所の職権の発動としてなされることが認められた法意は全く新法と同様に、上告裁判所は被告人弁護人より上告の申立がなくても、原判決を破棄しなければ正義を維持することができないと考えられたときは、原判決破棄の判決をなし得る途が残されておるものであると解すべきである。

弁護人は本件は正にその場合に該当するものであると思料し憲法第二十一条第一項により保障された言論の自由の条規に基き刑事訴訟法上の第二次的権利として右職権の発動方を懇請する権利ありと信じ、敢て上申に及んだ次第である。

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